35歳で脳梗塞になった時の話

35歳の秋に突然、脳梗塞になりました。

このサイトではあまり病気のことに触れませんでしたが、いろいろあって病気になった時のことをまとめてみました。

シリーズ2回目です。

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脳梗塞、発症

詳細は書きませんがが、旦那といちゃいちゃしてるときでした。(諸事情で平日午前中の話)

 

突然、意識が飛んだ。

どれくらい意識が飛んでいたのか。

気が付いたら、旦那が心配そうに私の顔をのぞいてる。旦那が「なかちゃん!大丈夫!?」と聞くので、「大丈夫じゃない。」と答えたつもりだったのに、「た◯&※×>▷」

あれ?ちゃんと話せない。ろれつがまわらない。

 

そもそも、大抵のことを「大丈夫。」と言う私が「大丈夫じゃない。」と言うあたりおかしい。

 

旦那に後から聞いたら、意識が飛んだ時に目を閉じてはいなかったらしい。突然目つきがおかしくなり、反応がない。

「あれ?おかしい。」

すっごいボーッとしている私のほっぺたを叩いて「大丈夫?!」と声かけしたら、やっとハッとした感じで、ゆーっくり部屋を見渡して、話したと思ったら呂律が回っていなかった、とのこと。

ほっぺたを叩いていたとは知りませんでした。

改めて思い返すと、「旦那にほっぺ叩かれなかったら、意識ないままだったかも。」と思うと末恐ろしい限りです。

 

もし発症した時に立っていたら、倒れてどこかに頭をぶつけてたかもしれない、と記事を書いていて思いました。そしたら、より大惨事になっていたでしょう。

寝転がっていて、旦那がいたから、頭を打たずに意識を戻せました。

 

お水が飲めない

お水を飲みたくてコップにお水を注いでもらったけど、むせて飲めない。口が閉じない。左手がうまく動かない。

とにかく頭がすごくボーッとしている。何も考えられない。頭も腕もどこも痛みはない。

 

ボーッとしている私のそばで、必死でインターネットで原因を調べる旦那。「そういう行為中、興奮しすぎて一時的にそうなる人もいるらしい??」、「脳梗塞?とか脳出血?とかの可能性もあるって。」と、混乱する旦那。そりゃそうです。

 

病院行く?このまま様子みる?

 

とりあえずシャワーを浴びたいので、この状況下でシャワーを浴びる私。左手がうまく動かないのでうまく洗うことができず、すごい時間がかかる。そして、パンツが履けない。どこに足を入れれば良いのかわからない。「?」

 

「病院へ行こう。」

言葉にならない中、様子を見ようとする旦那に病院に行きたいと伝える。

 

カーディガンを着ようとしてカーディガンを手に取っても、どこに腕を入れれば良いかわからない。着られない。とにかくボーッとしている。カーディガンって着るの結構難しいと思わされる。(実は今でも)

旦那曰く、左腕が上がっていなかったらしい。

 

幸いにも自立歩行が可能でしたが、病院でお医者さんに「救急車を呼んで欲しかった。」と怒られました。救急対応するためには救急車の方が良いそうです。

どうやら、シャワー浴びたり歩いたり動いてはいけなかったようです。

でも若いし、歩けるなら救急車を使わずに自力で病院へと思うじゃないですか。救急車をあまり使わないでって聞きますし。これが呼ぶべき緊急時だったなんて、パニックになると人間判断力を失うので難しいです。

 

病院へ

旦那の運転で若干距離がある総合病院へ行きました。(近くの総合病院は切迫早産に入院して嫌いになった。)  駐車場に車を置いて、旦那と2人で歩いて受付へ。旦那が受付の人に事情を話すと車椅子を用意され、お医者さんの診察。ふらふらしながら歩いてたので車椅子は妥当でしょう。

 

お医者さんの診察で、指折り(親指から順番に指を一本ずつ曲げていき、次は小指から開けていく動作) と、指をキツネマーク(人差し指と小指を伸ばして、親指と中指と薬指をくっつける)にするのと、手の平を手首のところでクルクル左右にひねる動作ができるかを確認されたことは覚えています。

 

確かどれもできなかったのに、私はできたつもりでドヤ顔。

目の前で起きていることが認識できていなかったんです。認知症の人が今できていないことを「できる」「できてる」と主張することに納得。そりゃ、昔はできましたもん。”今の状況“が理解できないらしい。認知症の片鱗を体験しました。

 

旦那曰く、お医者さんが人差しを出していて、そこに自分人差し指を自分の目の横の位置から先生の人差し指に当てる、という動作確認ができていなくて、一回も人差しが当たらなかったよ、とのこと。覚えてない。

 

あと、よく脳梗塞のとき、“両腕を身体の前にまっすぐ伸ばして手の平を広げて、目を閉じて10秒くらい待って、左右の高さが異らなければ大丈夫”と言う判断方法をよく見ますが、この時の私はこの動作をすると、自然と左手が閉じていったそうです。
この動作、入院中も退院してからも頻繁に行って確認してました。

 

お医者さんの顔色が次第に曇っていきました。「あ、マジでこれヤバイやつやん。」的な感じ。雑魚敵だと思って戦ってたら、実はラスボスだったことに気付いて焦る感じかもしれない。

旦那と私は、何がどうダメなのかよくわからないまま、でもお医者さんの雰囲気から何かヤバそうなことは伺い知っていました。検査続行。

 

CTとMRIを撮るときはストレッチャー移動。車椅子からストレッチャーへ移動手段が進化。CTとMRIを撮った後、お医者さんが「発症してからあまり時間経ってませんし、別の病院ならより強い薬が使えるので、転院して下さい。」とのことで救急車で転送されました。(この病院は週一回脳神経科のお医者さんがくる病院。この日はたまたまその日。)

病院間の患者移動は、救急車のことも多いのかな。実は救急車で転送2回目なんです。

 

違う病院へ転送

救急車の中で、お医者さんから旦那へ私の症状の詳細が告げられました。

「奥さんは脳梗塞です。しかも重症の脳梗塞です。」

MRIの私の脳の画像は、右脳前方の広い範囲が白くなっていました。右脳の一部の血管が詰まってしまっていたのです。私も、ボーッとしながらお医者さんの話を聞いていました。

 

脳梗塞?

それも、重症??!

今まで病気という病気から無縁で、健康に人一倍気を使っていた私が?

 

すぐに別の病院について、救急治療室で処置開始。担当医から旦那に治療方法の説明がありました。

「CTとMRIの結果から、すでにダメージが血管に出ていて弱っています。この状態で治療薬(強い薬)を使うと、治療薬の強さに耐えられなくて脳出血を起こす可能性があるので治療薬は使えません。」
「脳梗塞のための薬を、通常何時間かかけて点滴投与するものを、高速で多めに投与します。血栓を早く溶かして、血の巡りを良くします。血栓を溶かす薬を投与します。」(うろ覚えの情報)

「せっかく治療薬(強い薬)が使えると転院していただきましたが。」という内容でした。

 

合意するしかありません。

正直ショックでした。私は治療とか難しいことが理解できなくて、漠然と「強い薬が使えないほど重症なんだ。」とショック。

旦那は「治療できないくらい重症、ダメなんだ。」とショック。

旦那の印象としては、治療と通常の脳梗塞の処置の間くらいの処置っぽかったとのこと。※あくまでパニック中に受けた説明を覚えている限りの情報です。後から旦那に聞きました。

 

そう言えば、処置中漠然と「脳梗塞って手術するイメージだけど、投薬だけなんだ?」と思いました。人によるのかもしれませんが、私は手術なしの投薬治療とリハビリでした。「今は良い薬がありますから。」と言われた気もしますが、いつ誰に言われたか忘れました。

 

最初の病院のお医者さんがシリアスモードだったのに対して、担当医と看護師さんは和やかに、でもサクサク処置を進めていきます。

気持ち悪さを訴える私に、飲む吐き気止め薬を処方してくれた担当医。いや、だから水飲めないって・・・。

「試してみて。」と言われて水で飲もうとしましたが、ストロー使っても飲めないものは飲めません。喉と舌が麻痺していたので飲めませんでした。むせてしまって無理。

口開きっぱなし。でツライ。

「明日まで絶飲絶食でお願いします。」と言われました。当然です。と言うか飲みたくても飲めません。

 

「じゃあ点滴に吐き気止め入れますね。」と終始軽い感じで、「あれ?私って重症だよね?」と少し疑いましたが、個人的にはあまりシリアスになられすぎるもの重いし不安になるので、軽い空気感は助かりました。

 

認知力はどこへ

トイレに行って処置ベッドに戻る時に、看護師さんに「お母さん来られましたよ。」と言われました。

しかし、戻る時に見えたのは叔母。

メガネを外していたのでよく見えないけど、「母が来た」と聞いたのに目の前にいるのは明らかに叔母さん。

叔母さん??

「私は母の顔すら認識できないくらいボケたのか?!」「あきらかに叔母さんの顔だけど、実は母??!」とパニックになりつつ叔母さんをにらみつけててしました。(超失礼)

 

ふと処置ベッドのそばを見るとお姑さんがいました。「ああ、たしかに母だだけど、実母じゃない。」とちょっと落胆。病気になった時に実母の存在が嬉しいのは何歳になっても同じらしい。お姑さんが来てくれたのも嬉しかったですよ、もちろん。

看護師さんの間違ってないけど微妙なお知らせに複雑になりつつ処理ベッドに戻る私。

 

私の両親はたまたまその日お休み(父:フルタイムのアルバイト、母週3〜4日バイト)で、家でまったりしているときに旦那からの電話を受けたらしい。

「なかちゃんが脳梗塞になって病院にいます。」としか聞かなかったらしく、娘が意識不明で死にかけているかと思って青ざめながら高速道路を飛ばす父。でも運悪く渋滞していたため、病院から割と近くに住む叔母に母が連絡をしたらしい。

 

夏休みに帰省した時は元気だった娘が突然「脳梗塞で病院にいる。」と聞かされたら、当然パニックになります。両親は、叔母から「なかちゃんは、ろれつが回ってなくて何言っているかわからないけど、意識はあるよ。」と連絡を受けて少し安心したらしい。本当に申し訳ない。

 

視界が欠ける、理解できない

「入院は最低でも2週間くらい。ここは急性期の病院なのでリハビリが長引くようなら転院してもらいます。」と説明がありました。

旦那も両親もお姑さんも、「1ヶ月は退院できないかも。」と思いました。いや、1ヶ月で済めば良い方で、何ヶ月も入院するかも??リハビリ次第らしい。

 

入院のための書類を旦那が書いてくれました。数日間、ピントが遠いときは霞みがかっている感じでぼやっとしていて、ピントが近いと視界が大きく欠けていました。文字が見えない。いくつかの大きな白い穴でかくされているように、見えない部分がある。

そして、読めても理解ができない。「あ」は「あ」と読める。「入院」も読める。「アレルギー」も読める。けど、それが何を意味していているのかわからない。

 

病室で落ち着いてから旦那に「ママ友さんからメール来てたよ、返信しておいて。」と軽く言われたましたが、近いところは欠けていて見えないし、文字が理解ができないので携帯でメールを打てない。チャレンジしましたが、気持ち悪くなって断念しました。

 

入院のための書類は、読んでもらえばなんとか理解して答えられたので、私が口頭で答えた回答(ろれつが回ってなくて聞き取れない)を旦那が憶測して書く、という流れで書き終えました。

 

私の両親がやっと到着したころ、旦那は子どもたちのお迎えと私の入院に必要な準備をするため帰宅することに。最初の病院に車を置いてきてしまっていたので、父に最初の病気まで送ってもらい帰宅。

 

どうでも良い疑問

話変わってどうでも良い疑問なんですが、救急車で別の病院に付き添ったお医者って、どうやって自分の病院に帰るんでしょうか?救急車?タクシー?ずっと疑問で。今度担当医に聞いてみようかな。

 

旦那は帰宅した時、叫んだそうらしい。突然、妻が脳梗塞になって「治療できない、重症です。」とか言われたら、誰もが叫びたくもなります。これからどうなってしまうのか。仕事、妻の介護、子どもたちの世話、先の見えない不安を抱えつつ、入院に必要なものを準備し、子どもたちを迎えに行って再度病院へ。

 

旦那が子どもたちを連れて病院に戻ってきた時は、私は処置室から病室に移っていました。窓の外は隣接のビルで景色は望めなかったけど、窓側がうれしかったです。脳卒中病棟、4人部屋の一員となりました。

脳卒中病棟は、普通の病棟と違った特殊環境でした。

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