脳梗塞からの超回復、35歳の秋

35歳で脳梗塞になりました。突然のことでした。

今回は、突然脳梗塞を発症した日の夕方からの記録。

 

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脳梗塞、発症当日、夕方から夜

救急の処置ベッドから病室へ移移動。自分の付き添いは親。旦那が入院のため荷物を持って、子どもたちと病室に来てくれました。

しかし、身体の左側が麻痺している私はろれつが回っていない。

一生懸命子どもたちに話しかけたのですが、病室を出た上の子が「ママが何言ってるかまったくわからなかった。」と言ったらしい。次女は3歳で事態がわかっていなかった。

 

母にも旦那にも、後日言われたのは、「発症当日、ろれつが回ってなくて何話しているかわからなかったけど、わからないまま相づち売ってた。一生懸命話しているから悪いな、と思って言わなかったけど。」と言われて、すっごい凹みました。

「めっちゃ頑張って話してたのに、そんなにダメだったのか凹」と。自分ではどれだけろれつが回ってないかわからなくて、伝わってるものだと思ってたよ。(哀)

 

みんなが帰宅して、自分は病院に居残り。ちょっと寂しい。

入院するのは次女の時切迫早産と出産した時以来です。そう言えば、病気で入院するのは初めて。

 

夜、気持ち悪いし、右後頭部が激しく痛くて熱持ってるし、38度超えの発熱するし、口は閉じなくて乾くし、最悪。

頭にはアイスノン。胸には心電図?のために電極?がいくつか貼ってあるし、左人差し指には酸素濃度測るクリップ。

左腕には点滴。それも普通の点滴だけではなくて、すごい太い注射器みたいなのを横に固定してある点滴もある。(この点滴がこの時の私の命綱だったらしい)

何よりも、「私はこれからどうなってしまうんだろう」という不安が止まらない。

 

子どもたちがまだ小さいのに、介護される生活になるのだろうか。

思い描くのは、車椅子に乗った自分が旦那に流動食を食べさせてもらっていて、口から流動食をこぼす私に、「なかちゃん、こぼれてるよ。」と旦那がふいてくれる場面。

旦那も同じことをイメージしていたらしいくて、なんて仲良し夫婦でしょう。

これからもっと症状が悪化するのか、それとも良くなるのかまったくわからず、とにかく不安。不安すぎて過呼吸になりかけました。

 

眠れないので睡眠薬を投与してもらいましたが、効果なくてあまり眠れずでした。

 

排泄の不安

実は、トイレについても不安でした。

「検尿が必要。」と言われて、1回目失敗。2回目も失敗。

3回目に看護師さん付き添いで成功したため、排便機能も麻痺したかとも不安に思ったんです。(汚い話し、“出始めは取らない”といういらない知識で1回目は止められずに失敗。2回目はコップ当てるまで我慢できず。)

 

これからオムツになったら嫌だなと心底思う。この日は念のため車椅子で移動して看護師付き添いでのトイレでした。

その時、看護師さんに「これから悪化することはありますか。」と聞いたところ、「人によりますね。」との返答で、より不安が増しました。

 

旦那の不安

一方旦那は、子どもたちを連れて夕食を食べにレストランへ行きました。作ってる暇もなかったし。

素直にはしゃぐ子どもたち。浮かない旦那。

貧乏だからあまり外食出来ないのでレストランでの食事は貴重なのに、食欲がなくて旦那はあまり食べられなかったそうです。当然と言えば当然です。妻が突然、重症の脳梗塞になった日に気にせず食事できたら、それはそれですごい。

そして夜、不安すぎて眠れず、友人に電話して気持ちを落ち着かせたとのこと。(夫婦共通の友人。友人もビックリ。)

 

脳梗塞、発症翌日の朝

夫婦揃って眠れない夜が過ぎて翌朝のこと。

トイレは車椅子移動→自力歩行で行くことが許可されました。しかし、しばらくは転倒防止のために看護師さんの付き添いが必要でした。(覚えてない。記録メモに書いてあった。)

メモった記録によると、3日目には1人でトイレに行くようになったと書かれていました。なんでも記録重要ですね。

 

旦那曰く、発症翌日くらいに左足が小刻みに震えていたとのこと。私自身の自覚はなかったのですが、実は足まで少し麻痺していたかも?

 

リハビリの先生登場、確認

発症翌日の午前中、リハビリの先生が病室に来ました。すっごい真面目ーな先生でした。

「いろいろ確認します。」とのことで、まずコップに水を入れてストローをさして私に渡す先生。(先生ー、水道水直では飲みたくないかもー。)

「飲んでみて。」とのことで、試しに飲んでみた。

 

飲めた。

 

飲めた・・・!

昨日飲めなかった、水が飲めた!!

 

「これから水を飲んでもらって大丈夫です。でもコップやお碗で飲むと、むせやすいので気を付けてください。」と告げられる。

一歩前進!

口が閉じきらなくて口が乾きまくりだったので、何かを飲めるのは嬉しい。本当に嬉しい。

 

次にゼリーを取り出して、スプーンでゼリーを粉々に砕く先生。そして粉々ゼリーを「アーン」と口に入れられる私。

そして飲み込む。

次にさっきよりは少し大きめサイズのゼリーを口に入れられる。飲み込む。

さらに歯で噛んで砕かないと飲み込めない一口大サイズゼリーも口へ。歯で噛んで飲み込む。

 

???

 

とハテナが飛んでいる私の前で、何やら考え込んでどこかに電話をする先生。(この病院の先生たちは内線PHS携帯必須)

そして、「今日のお昼ご飯からご飯を食べて大丈夫です。食事制限などはありません。」と告げられました。

この時、どういう意味を持つのかいまいち理解していませんでした。

 

お昼ご飯の衝撃

お昼ご飯の時。

「最初は流動食かな。おかゆ嫌いなんだけどなー。」と思いながら配膳されたご飯を見た。

 

ふ、普通食?!!

え?普通食??

重症の脳梗塞って言ってなかったっけ??

 

リハビリの先生が電話していたのは、私の食事の手配についてだったらしい。同室の人が流動食Aとか、流動食によっても種類があるのを後から知りました。

午前中、リハビリの先生が私に食べさせたゼリーは、歯や舌を使ってうまく食べられるか、ちゃんと飲みこめる大きさはどのくらいか、などのチェックのためだったらしい。

 

まだ麻痺が残っているけどゼリーを完食したことで、普通食になったっぽい。

最初の食事から流動食ではなく、普通食なことに軽くパニック!配膳された食事を2度見どころか3度見。名前をチェック。

しっかり私の名前が書かれていました。

マジか。

 

食欲はないけど、とりあえず食べてみよう。

幸い利き手は普通に動くので、お箸で食べていきます。

 

口と舌の左側がまだ麻痺しているのでうまく動かない。舌がうまく動かないと、舌の下の空間にお米とかが溜まっていくことを発見。とにかく食べにくい。

ゆっくりゆっくり時間をかけて噛んで、飲み込む。

気持ち悪いのと高熱とで食事を食べられた感動は皆無。でも、考えなくても「重症の脳梗です」と宣告されて、水も飲めなかった人が、翌日には飲んで普通食食べてることは、奇跡と言って良いはず。

同部屋の人が「流動食が嫌だ。」と言う声が聞こえてきてたし、もう1人は利き手を負傷してたみたいで、旦那さんが全介助で食べさせていました。介護福祉士の姉が「最初から普通食とかありえない。」って言ってたらしいので、やっぱりすごいと思う。

 

正直、飲めるようになったにはすごーく嬉しかったけど、食べられるようになったことは何か実感が無かったです。

食欲がなかったので少ししか食べれませんでしたが、栄養剤の点滴もしていたので栄養的には問題なし。

脳梗塞発症の翌日午後は何してたか記憶が曖昧なので記録していたメモを確認。

 

翌日の午後はリハビリ

午後、別のリハビリの先生が来て、左手がどれくらい動くかチェックしに来てくれたんですけど、この時眠いし、しんどいしでウトウトしていて、あまり先生の話しを聞けませんでした。

左手はまだキツネサインができないし、指を親指から順番に曲げて広げる動作も動かしづらい。

 

次は運動機能のリハビリの先生登場。点滴があるのでトイレ付近まで自力で歩けるかを確認。歩けたけれど、ふわっとする感じがしました。発症時は普通に歩いてたのに。発熱していてしんどかったからかもしれません。

ろれつは、すごーく注意して聞けば、何言っているかわかるかな?程度には回復。

見え方はまだ文字を見るとぼやける。リハビリ資料を見ても穴あき部分があって、はっきり見えるところが部分的でした。

2日目の夜は、睡眠薬をもらって少し眠れました。

 

 

3日目

脳梗塞発症から3日目。

起きたら熱い。38、5度の高熱。けれど頭痛と吐き気、だるさはある程度軽減。

 

左手、回復

午後、リハビリの先生がきて、別室にて左手の指がどれくらい動くかテストがありました。

小さい棒を反対側に片手でひっくり返しながら別のところに移動させるテストや、小さなボールを移動させるテストなどを、右手と左手それぞれにタイムトライアル。なぜかテスト結果としては左手の方が良かったナゾ。でも握力は弱くなってました。(元の握力知らないけど)

この日以降、左手のリハビリをした記憶が無いので、脳梗塞発症して3日目には左手の動きはほぼ元に戻ったらしい。

 

問題があったのは見え方。

3日目でまだ霞がかかっているような視界は変わらず。まだ近くを見ると穴が空いている感じで見えない部分がある。特に左下の方。

(視神経には異常はないと看護師さんが言ってたんですけどね。リハビリの先生曰く、たまに脳卒中患者で視界が欠けると言う人がいるとのこと。)

紙の至る所にいろんな角度の「ー」がたくさん書かれていて、赤ペンで「+」にしてくださいとのテストがあったのですが、見えない部分はもちろん書けません。全部の線を「+」にできなくて、こんな簡単なこともできなくなったのかとショックでした。

 

いろんな文字のが書かれている中から「あ」を探せテストも見落としがありました。

今思うと、視界の欠けだけではなくて認知機能も落ちてたからだと思うのですが、「左側注意欠損」と診断されました。(視界の左側の物を見落としてしまう、注意できない症状?詳しくは私にはわからず。)

脳梗塞のダメージが大脳皮質?にまで及んだからだとのこと。そして、車の運転を禁止されました。これは子持ち主婦には痛い。

 

昨日まで座っているのも辛かったので、リハビリ中ずっと座っていられたことにビックリ。

ろれつは、発症2日目よりは聞き取りやすくはなりましたが、まだ聞き取りにくさが残っていました。しかし、日を追うごとに急激に回復していることが不思議だけど嬉しかったです。

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